文化9年(1812)9月21日(旧暦8月16日)、八幡宮の祭礼にて、狂言、神楽、角力、人形浄瑠璃などが各所で催され、渋川の町は大いににぎわっていた。

 渋川八幡宮では歌舞伎の大芝居が行われていたが、その上演の最中、鬼五郎という巨漢の男が大観衆めがけて蛇を投げ込んで大騒ぎとなった。それに怒った若衆たちが鬼五郎を寄って集って袋叩きにしたところ、遂に鬼五郎は絶命してしまった。これが現代まで伝わる「鬼五郎事件」である。

 ​真光寺の僧正や地元の人たちは、元宿(元町)の東側の横町にある墓地に鬼五郎を弔ったが、それ以降、渋川の祭典は妙に雨が降るので、いつからか祭典で降る大雨は「鬼五郎の涙雨」と言われるようになった。そのため明治12年(1879)8月、真光寺が自然石に鬼五郎の名前を刻んだ墓石を作り、ねんごろに供養されたと伝えられている。

 鬼五郎の墓は、真光寺の墓地の一画にあり、渋川山車まつりの開催される年の7~8月に、元町若連が幹事となり、真光寺住職の下、山車まつりの安全運行と、涙雨が降らず天候に恵まれることを祈願する有志町の合同の墓参りが欠かさず行われている。

出典:渋川の祇園と郷土芸能と祭礼行事記 宮川俊雄 昭和52年刊

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